此処は 見た事の無いからくりに満ち溢れている 夜になれば 紐を引っ張って灯りを即座に点ければよい 箱の中で 小さな人間達が歌ったり踊ったりしている …しかし 奇怪な歌と踊りだ、文化は変わるものなのだな 俺達の生活と全く違う面もあれば 変わらない面もある ご飯の味の変わらなさに、ほっとする 「兵助、調子はどう?」 は笑みを浮かべているつもりであろうが その表情は冴えない 「二日間もこんなにゆっくりしていたんだ、寧ろ身体が鈍っちゃって」 「…そうだ 街を案内してほしいって頼まれてたんだったね、私」 窓を開けると 朝日とともに真っ青な空が視界に広がった 「向こうは…今頃どうなっているか」 ふと 呟いた は相も変わらず苦い顔、だが 気になるものは気になる 「兵助が あの夜に戻れば大丈夫よ…それは私がちゃんと連れて行くから」 「…でも 俺が此処に居る間に 向こうの時間も進んでいるんだろ?」 時間を飛ぶ、という原理が 俺にはさっぱり解らない 自身もそれほど理解している訳では無さそうだが… 「そうねー…“兵助の居ない今”が進んでいる事は確かだけど 兵助があの夜に戻れば万事解決」 「俺の居ない間に進行している時間が 消えるのか?」 「…パラレルワールドの事は私もよく解らない…けど 過去を変えるって事だから多分消える筈」 なんとも煮え切らない答えである そもそも“ぱられる云々”とは一体何だ、何処の方言だ 俺の居ない所で進んでいる 時間 何処かで死んだという事にされているのだろうか、はたまた脱走扱いか 行方不明になる生徒は少なからず存在するので さして大事にはならないだろう …とはいえ 全く気にかけて貰えないというのは それはそれで寂しいので複雑だが 俺がと共にあの夜に戻れば 俺の居ない時間が 俺の存在している時間に上書きされる…? ・・・駄目だ、こんなもの 立花先輩や土井先生でも理解出来ないだろう 「兵助、これから夕飯の買い出しに行くんだけど 一緒に行かない?」 「…畑?」 「スーパー」 何処だ、それは * * * 眩いまでの異空間に 目がチカチカする 野菜や果物が所狭しと並んでいるが 見た事の無い果物も多い 人間の食べるものなのか甚だ疑問を感じるような色をしたものもある は 迷う事なく軽快に野菜を籠に入れていく 「、わけがわからん」 「都会のお店は もっと凄いよ」 「こうも変わるとは 日本の力は恐ろしいな」 「外国にも簡単に行けるようになったわ、船じゃなくて飛行機で!空を飛んで行くの」 「…鳥のようだな」 同じ土地の筈なのに まるで違う世界 この場所を熟知している 「、此処は面白い世界だなぁ」 不思議ではあるが 居心地はとても良い もう少し 此処で休んでいたいような、そんな気はする 14 escape 兵助は瞳に映るもの全てが新鮮なのか 常時きょろきょろと目を動かしている 面白い、そう思ってくれているのなら 嬉しい事だが ・・・あの一言が心にどうしても引っ掛かる 「向こうは…今頃どうなっているか」 それはそうだ、気にならない方がどうかしている しかし 兵助は戻りたいとは一言も言わない 嬉々とした横顔を見ている限り、私を気遣って言わないという訳でもなさそうだ 彼が何を考えているのか 私にはよく解らない 「面白いし 戦は無いし 俺も此処で暮らそうかな、なんて」 何故 笑顔を浮かべているのか 何故 そんな科白を平然と言うのか そもそも 私は兵助に好きだと言ったんだよ 互いの“好き”の意味が違うのは解っているが、私に此処で暮らそうだなんて言わないでほしい そんな薄っぺらい科白、ただ虚しくなるだけだ 「…ははっ 駄目だよ、兵助を待ってる人が向こうには沢山居るでしょ?」 ひとつ、思った 兵助は戦続きのあの場所から ただ逃げているだけなのではないか? NEXT → (10.1.17 そういう理由で居られるのは ちょっと…複雑) |